2003年7月〜9月の色彩日記

くもりのちはれ

今日の昼、京都はとても強い雨が降っていました。

空はどんより曇っていて、すべてのものが色あせて見えます。

そんな時電話がかかってきました。友人が結婚するそうです。

「おめでとう」

なんだかうれしくなり、すべてのものが色鮮やかに見えました。

・・・。

曇っていたのは自分のこころだったのかな。

(2003/09/24)

自分より背の高い草

なんで植物って緑色なんだろう…

そう考えながら自転車をおりました。

しばらく歩いてみても答えはわからなかったけれど、今日、ひさしぶりに自分より背の高い草を見ました。

(2003/09/22)

ヨガ体験

昨日、ヨガの先生方と話をする機会がありました。ヨガについての話はまだまだ感覚的にしかわかりませんが、いくつか心に残った言葉があります。それは「正しい姿勢の方がラク」「20数年かけて硬くなった体なんだから、同じだけの時間をかけるつもりでじっくり柔かくしていけばいい」などです。

正しい姿勢の方がラク、なんて健康的な言葉でしょう。電車で座っている人などを見ていると、足を組み、どちらかの手すりに斜めによりかかっている人が多いです。妙なところでバランスが安定してしまっているんでしょうね。

体が硬い人っています。私もその中の一人です。でもきっと赤ちゃんの時は柔かかったんだと思います。それを20数年かけて硬くしてきたのです。そんなものが一日や二日で劇的に柔かくなるはずがない。じっくり時間をかければいい、その言葉を聞いてなんだかほっとしました。

ヨガの先生方と話していると、波動というかオーラというか、とても心地よいものが伝わってくるような気がしました。体や言葉からにじみ出ている感じです。それはその場にいる人たちに良い影響を与えているのではないかと思います。私もワークショップで人と接する際、心地よいオーラを出せるようになりたいと思いました。

(2003/09/15)

私とアートセラピー

今日サイトの顔ともいうべきトップページを更新しました。私のアートセラピーに関する考え方が変わったからです。

今までサイトでは色彩心理を中心としたアートセラピーを紹介し、主にアートや色に触れる楽しさを伝えようとしてきました。しかしこれからは色にこだわり過ぎず、アートセラピーそのものを伝えるサイトにしていきたいと考えています。もちろんアートセラピーで絵に関わっていく時、色はとても重要な要因です。色に対する関心も変わっていません。最近考えるようになったことは、少し色に捉われすぎているのでは?という疑問でした。

これは私が卒業した色彩学校からの影響が大きいと思います。色彩学校は素晴らしい学校です。今後は色彩学校で学んだ知識を吸収し、学校の枠組みを乗り越えていきたいのです。今思えばこれは学校の先生も言っていたことでした。私が勝手に学校の枠組みの下に収まっていただけです。

私のアートセラピーに対する考え方はこれからも変わっていくと思います。その度にサイトの方向性も変わっていくことでしょう。 そして今日、初めてサイトで「癒し」という言葉を使いました。「癒し」という言葉は怪しさのある言葉であり、サイトでの使用を控えていたのです。「癒し」の件に関しては今後サイトでもとりあげていきたいと考えています。

(2003/09/07)

ゼンマイじかけの子ども達

アトリエで子ども達と遊んでいると、よく攻撃の対象になることがあります。スタッフの中に男性が私だけだからでしょうか。先日も小さい男の子二人に囲まれてしまいました。

二人共からだは小さいので受け止めるのは簡単です。からだをぶつけ合っていると途中で一人の子が「かぶと虫マン!」と叫んで変身しました。気分は完全にヒーローです(ということは私は悪役?)

攻撃はアトリエの終了間際に始まることが多いです。すごいのは、他のアトリエの子ども達や女性のスタッフには攻撃を加えないところ。その日もひとしきり暴れた後、「バイバーイ!」ととても良い笑顔で帰っていきました。

その日、よく攻撃の対象になることを少し不安に感じていたので、アトリエ後のミーティングで他のスタッフの方々に相談してみました。もしかしたら子ども達の嫌がることをした抱腹として攻撃されているのかな、という不安があったのです。。。

返ってきた答えはとても単純。「あばれたかったんやろ」「発散したりなかったんかな」「受け止めるだけでなく、いっしょに遊んであげたらもっと喜ぶよ」なるほど。エネルギーに満ち溢れた子ども達にとっては、創作だけでは力を発散しきれなかったのかもしれません。帰り際に見せてくれた良い笑顔を思い出しました。

次の日、別の小さい男の子がお父さんと来ていました。ひとしきり大胆な作品を作った後、お父さんとプロレスゴッコをしています。楽しそうだなあと思いながら帰り際に見てみると、もうお父さんの背中で寝ていました。「子どもって本当にゼンマイじかけやわ〜」スタッフの一人がそう言いました。「思いっきりあばれて、ゼンマイがきれたらコトンと寝てしまう」本当にそのとおりです。思う存分に力を発揮できる場所、今の子ども達みんなにあるのでしょうか。

先日ヒーローゴッコをしていた二人の男の子。一人は良い笑顔で帰って行きましたが、実はもう一人は少し不服そうでした。今度会う時は、次の日に来てくれたお父さんを見習い、思いっきりいっしょに遊んでみたいと思います。

(2003/09/03)

自由な子どもの色水あそび

このあいだの日曜日、子ども達と自由に絵を描くイベントに参加してきました。

スペース中に絵を描くスペースを作り、色水を配ってなんでも好きなように絵を描ける空間にします。色水とは絵の具をあらかじめ水に溶かしたもの。子ども達は4つの紙コップに好きな色の色水を入れてもらい、好きな場所で絵を描き始めます。

見ていると、もらった4色の色水を混ぜて遊んでいる子どもがたくさんいました。新しい色の発明です。「これはグリーンピースジュース」「これはドラキュラ用のジュース」できあがる色も多彩で、見ているだけでも楽しくなります。手洗い場で出会った男の子が「さっき金色作ってん!」と自慢気に言ってきました。「へ〜、どうやって作ったん?」と聞くと「わからへん」の一言。「次は銀色を作るねん!」と言って走っていきました。

その日一日子どもと過ごしていて、子どもって色を混ぜるのが好きなんだなあと改めて思いました。色水も元は絵の具なので、混ぜ続けると灰色に近くなっていきます。スペースの至る所で灰色や黒っぽい緑色の色水ができあがっていました。小さい時にはこの様なグチャグチャにする体験が必要だと思います。子どもの五感にいい刺激を与え、その後の創作活動の基盤となるからです。それでも家庭内でグチャグチャ体験させるのはやはり難しいかもしれませんね。もしどこかにグチャグチャにしていい場所があるなら、子どもに汚れてもいい格好をさせて、思いっきりグチャグチャ体験をさせてあげたいものです。

自分で色水を混ぜるだけでなく、色水を配っている人に「こんな色作って!」と言ってくる子どももいます。最後に聞いたところによると、この日要求された一番のビックリ色は「はだむらさき色」だったそうです。

<補足>このイベントに興味をもたれた方は、リンクのページにある「色彩楽園」のホームページに詳しい情報があるのでご参照ください。

( 2003/08/19)

陶芸体験

友人のご両親が夫婦で陶芸をされていると聞き、さっそく友人宅へ陶芸を教わりに行ってきました。当初ビールグラスを作るつもりで行ったのですが、初心者には難しいとのこと。代わりに茶碗を作ることにしました。ビールグラスの様な縦長のものは形を整えるのが難しいそうです。

陶芸は初体験。普段から粘土をこねたりしているので多少の自信はあったのですが・・・そう簡単にはいきませんでした。「ろくろ」という回転する台の上に土を置き、回転させながら筒状に形を整えていきます。これが回転の遠心力や土の抵抗に手をとられ、思ったようにいかないのです。かなり苦労して長い時間をかけ、なんとか茶碗の形になりました。うーん、なかなかの出来。

少し休憩をした後、旦那さんが「ビールグラスに挑戦してみるか?」と言ってくださったので挑戦してみることにしました。これは確かに難しい。ろくろを回しながら細長く上に土を伸ばしていく作業は中心からのバランスをとるのが難しく、結局途中で制作を断念してしまいました。

がっかりしていると奥さんが別の方法でビールグラスを作る手法を教えてくださいました。これならいけるかも。陶芸にも色々な方法があるんですね。やはりアートとは自由なものです。奥さんに手伝っていただき何とかビールグラスの形に仕上げられた頃、ふと見ると、私が断念したろくろのビールグラスを旦那さんが修復してくださっていました。上に広がる理想のビールグラスの形になっています。うーん、素晴らしい。

釉薬(ゆうやく)というものを塗って焼くことにより、作品に色々な色をつけることができるそうです。教えていただいただけでもかなりの種類の色がありました。しかも、同じ釉薬でも土の種類が変わると出てくる色が変わるそうです。奥が深いですね。

陶芸を体験した後、そのまま友人宅で夕食をごちそうになりました。なんと、料理がもられている器のほとんどがご夫婦が作られた作品だそうです。自分で作った器で食べる料理はおいしいでしょうね。何度も失敗する私を暖かく見守ってくださったご夫婦のおかげで楽しい陶芸体験ができました。私の茶碗とビールグラスはどうなるのか。できあがりが楽しみです。

(2003/08/14)

アロマテラピーと色彩 −花の色−

アロマテラピーというものをご存知ですか?植物から抽出したエッセンシャルオイルを利用し、香りを楽しんだり、オイルマッサージを施したりする民間療法の一つです。

エッセンシャルオイルはとても濃度の高い液体で、植物の成分が濃縮されています。エッセンシャルオイルは、ローズマリーやユーカリ、オレンジなどからも抽出されますが、最もよく使われているエッセンシャルオイルはおそらくラベンダーです。ラベンダーには鎮静や鎮痛、殺菌など多くの作用がある上、禁忌(使ってはいけない対象)が少ないということもよく利用されている理由だと思います。

ラベンダーの花を見ていてあることに気が付きました。ラベンダーの花って紫色なんですね。色彩の心理でいうと紫色には「自己回復力」つまり「癒し」の色という側面があります。ラベンダーの花の柔らかな紫色を見ていると、なんだか心が落ち着いてくるような気がしませんか。ラベンダーの多彩な有効作用と、花の紫色とには何か関係があるのかもしれません。

ラベンダーに限らず、我々はきれいな花や観葉植物を見て「癒された」と思うことが多いと思います。花の色、香り、含まれる成分など、我々は植物から多くの恩恵を受けて生きているのです。

(2003/08/06)

自由工作キット? −潰される独創性−

今日デパートで「自由工作キット」というものが売られているのを見て悲しくなりました。

自由工作キットというのは、自由工作を作るための材料が一式揃えられた商品です。自由工作といえば夏休みの宿題の代表の一つで、私が小学生の頃もありました。まず何を作るかを考え、家に使える材料がないかを探し、なければ近所からもらったりもしました。もちろんどうしても身近にないものは買ってもらっていました。

今は何でも買える時代になったんですね。試しに自由工作キットを一つ買って帰ってきました。まず箱を開けると、出てくるのが完成品の写真。そこにいきつくまでの組立図。そして必要なだけの材料。ボンドまで入っています。
組立図の通りに作っていくと確かに完成度の高いものができあがりました。なんと貯金箱にもなっています。

小学校の先生方は自分の生徒がこれを作って持って来た時、自由工作として認めるのでしょうか?私の印象では市販のプラモデルを作って自由工作として提出しているような感じがします。

始めから全てが揃っているキットを買えば確かにラクです。そこから学べることももちろんあるでしょう。組立図(マニュアル)通りに作る集中力、ボンドのつけ方、完成の充実感も味わえるかもしれません。しかしこの方法では、道具や材料の使い方を工夫したり、完成品を想像したりするといった独創性が育ちにくいと思います。

こういった商品を売るなとは言えません。売る方も商売ですから。しかし、子どもを持つ親御さんには、自分の子どもがマニュアル通りにしか物を作れない人間に育って欲しくないのなら、こういったものは買い与えないで欲しいと思います。

(2003/07/27)

天才画家の創造性 −天才と狂気−

心理学の研究分野の一つに「病跡学(パトグラフィ)」というものがあります。過去の偉人達の精神世界や病癖、創造性などを研究する分野です。

天才と言われる人達の中には、精神病やそれに近い症状を患った経験のある人が多くいます。精神病に苦しんでいる人というのは、心の奥深いところを体験している人です。天才画家達の絵を見ていると、目を覆い隠したくなるくらい丸裸の心を表現したものがたくさんあります。例えば、ムンクの「叫び」やピカソの「泣く女」。どちらも心の奥深くからの表現であるからこそ我々の心に響くのかもしれません。

「病気なのに描けたのか?」「病気のおかげで描けたのか?」「病気になる代わりに描けたのか?」精神病理学者ヤスパースの問いかけです。

病跡学とアートセラピーとの接点は「天才画家達が作品を創造することにより、精神病から解放されていたとみられるケースも多い」というところです。

天才と狂気は紙一重。「創造する」とはどういうことなのでしょうね。

<補足>ここでは天才画家の話をしましたが、病跡学は画家だけでなく音楽や物理学など色々な分野での偉大な業績を収めた人物について研究している学問です。

(2003/07/19)

太古の絵画と子どもの絵

先日のイブの話とつながりますが、昔の人達が描いた絵を見ていると子ども達が描く絵との共通点が多く見られます。それはひと言で言うと「感じたものを感じたままに表現している」といったところでしょうか。

子どもが描く絵の中では、なんでも起こります。黄色の海や黒い太陽、お母さんと比べてやけに小さいお父さんの絵。運動会の絵を描いているのに登場人物が2,3人しかいないこともよくあります。子どもって、その時関心のあるものを大きく描いたり、見ている対象から感じたイメージで色をぬったりしているんですね。大人の場合こうはいきません。海は青だし、太陽は赤。大人は子どもより大きくて…と人生の中で身に付けてきた知識の影響を受けます。自分が描きたいものを描くより、知識で絵を描いてしまうことの方が多いようです。

一見子どものような絵を描き続けたパブロ・ピカソ。彼も10代の頃は大人顔負けの絵を描き、世間から天才だと言われていました。そんな彼が残した有名な言葉があります。「やっと子どものように描けるようになった」と。

私達大人も自由に絵が描ける時があります。それは感情が爆発している時です。理性の抑制がはずれ感情のままに表現した絵。その中では構図や色彩の知識を越えた自由な表現が出てきます。その絵には絵画としての美しさはないかもしれません(美しさを感じることもよくあります)。しかし、自分の感情を自由に表現できた絵を見ているととても満足でき、気持ちがスーっと軽くなります。

私達大人が自由に絵を描けるようになるためには、この「知識に影響を受けている」という真実を認識していることが大切だと思います。

(2003/07/09)

想像力とアート −イブの遺伝子−

近頃よく聞く「イブ」という女性をご存知ですか?15万年前にアフリカで生きていたと考えられる女性につけられた名前です。最近の研究で、現在の人類は皆この女性の子孫であるらしいということがわかりました。イブとその娘達がアフリカを旅立ち、移動し、交わり、世界中に広がっていったのです。

先日、テレビ番組でこの「イブ」の特集をしていました。イブの子孫達は旅を続けながら、あちこちの洞窟に絵を残しているらしいのです。イブの一族と他の種族との違いはここにありました。イブの一族は脳の前頭葉が発達していたらしい。前頭葉というのは脳の前の方、オデコの裏。この部分は人の「想像力」を司っています。

イブの一族はこの発達した想像力により、危険を予測し、武器を作り、まだ見ぬ世界を想像した。そして、あふれ出る発想を「絵」として表現していたのです。 人の「絵を描く」という能力はイブから伝えられた財産だったんですね。衰えさせたくないものです。

(2003/07/06)

色の見え方 −オーラって電磁波?−

人は光を見て「色」を感じています。その光って電磁波なんです。この世界には電磁波が飛び交っていて、人の目はその一部分(本当に一部)を感じとって「色」を見ています。

人が見ることのできる色は「赤〜紫」。具体的には「赤橙黄緑青藍紫」の7色です。そう虹の7色ですね。人の目はそれより外の電磁波は見えません。ちなみに、赤のすぐ外側を「赤外線」、紫のすぐ外側を「紫外線」と言います。

ところが、ハチはこの見えている領域が人とは違うらしいのです。どうやら見えている領域が、人と比べると紫の方にズレているらしい。つまり、赤が見えない代わりに紫外線が見えているらしいのです。どんな世界なんでしょうね。ハチはこの紫外線が見えることにより、曇っていても太陽の方向がわかったり、花の蜜のありかを探ったりしているようです。

ここで本題。ハチの見えている領域がズレているなら、人の中にもそれがズレている人がいてもおかしくないんじゃなかろうか。一般の人が見えない領域の電磁波を感じ取り、それを「見えている」と言ったとしたら。例えば人の体から跳ね返った、一般の人には見えない電磁波。それを感じ取れる人がいるとしたら、それが「オーラ」の正体なのかもしれない。

他にも見えないものが見えるという人はたくさんいます。残念ながらボクにはそういうものは見えません。全てを電磁波で説明するのにはムリがありますが、人の可能性の一つとして取り上げてみました。

(2003/07/04)

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